12回同期会実行委員会
修道12回卒の同期会は28歳の時からどうしたわけか1月12日に開催してきた。今年の1月12日はマンが良いのか悪いのか成人の日に当たった。
当日の午前中まで出席者の人数がコロコロ変わった。「止むに止まれぬ用事ができて、急きょ欠席」とか、当日になって「悪いんじゃが、出席してもええか?」と言う電話。ここ数日65名前後の攻防が続いた結果、最終的に66名で事が収まった。「73歳の老人の同期会に、65名の出席者が果たして多いのか少ないのか?」判断に迷うところであるが、お世話をする者は渾身の力を振り絞って、悪知恵を働かせて、出来得る限りの努力をしてこの結果である。この人数が限界ではないかと半ば達観して来ているこの4年間である。
ほとんどの同期生が開場時間前に現れたのは「これは有り余るほど暇があって、おまけに年のせいで、サバを読んで早めに来場してきている」と読んだ。これはこれで「皆の者すこぶる優秀である!」と誉めてつかわす。予定の出席者が全員揃わないと受付が閉鎖できない。
ところが30分遅れてきた同期生がいた。案内状を取り上げてよく見ると、去年の案内状である。よくも保存していたと感心している場合ではない。もし、会場が変わっていたら彼は一体をその時どこをほっつき歩いていたであろうか?
受付に姿を現す同期生の足元のおぼつかないのが今年は特に目についた。「1年でこれほどまでに衰えるものか?」というおののきに襲われて愕然とした。
それでも現れる妖怪変化は押しなべて満面の笑顔で現れる。そのうち酒が入ると共に、毎度の顔にも見慣れてきて、発する声の元気さに安どする。
住んでいる社会になんの不満もなく、家庭にも不和が無く、充分に会費が払え、会場までどうにかこうにか辿り着ける体力を残している元気な老人だけがこの会場に集まってきている。そういうことを考えると我々は同期生のほんの一部しか見ていないことになる。浮世の定めをひしひしと感じる。
さて、これからは『長生き』と言う過酷なレースが始まる。今は一人一人が「俺が同期生の中で一番長生きする」と信じて世の中を泳いでいる。
女房殿や子や孫の為の人生ではない。自分を一番愛して生きていって欲しい。
そして、来年も万難を排して、なにをさておいてもこの同期会にだけは笑顔で出席して欲しい。
なにはともあれ、同期会を開催するということは、同期の皆さんに一人でも多く集まって頂くという意味合いもありますが、それ以上に「同期の皆さんの安否を尋ねる」というもう一つの重要な役目があるのであります。